エッセイ3(2012年5月2日著)
人生において、無駄に終わってしまう瞬間というのは存在しない
著者:加藤優
長い人生の中で、苦しい時期というのは誰にもあります。にっちもさっちもいかない袋小路、あり地獄にでもはまったかのように、苦しみや悲しみや嘆きの中に、ただ落ち込んでいって自分がばらばらになるような感覚。例えば、次のような状況の時です。医者を目指して医大を受験しつづけたが、三浪してもどこにも合格せず、今更何か他の目標も持ち得ないような状況。肉親が難病を患っており、実家に戻って看病に献身しているものの、容態は悪くなる一方であるというような状況。会社で昇進したが労働時間が増え、会社でがんばればがんばるほど、家族のストレスがたまり、家庭の雰囲気がすさんできた。だからといって、社内で昇進する前の状況に戻るわけにはいかない状況など。自分が堂々巡りしているのは自覚しているが、どうしようもない、解決策もみつからず、そんな苦しみの中に浸ってしまう時期というのは、誰にもあるものなのです。
そんな状況を抜け出し、困苦を克服し、心の安寧を取り戻すにはどうしたらいいでしょうか?ここで、僭越ながら、私の人生の中で、最も苦しかった時期を、あえてここで紹介させていただき、そのとき得た洞察を記します。上記したような苦しみの真ん中にある人にとっては、光明をさすものになると信じます。
私が大変苦しかった時期というのは、2000年に通っていた大学院を離れシカゴに移ってきてから、大学院を卒業し、レイキにめぐり合うまでの約4年間です。この4年間は、自分は上で述べたような袋小路にいました。少し説明させてください。1996年に米国に移住し、1997年よりニューヨーク州シラキュース市の大学院にて環境学と国際関係論の修士課程を履修しました。2000年12月には、必要単位を全てとりおえ、修士論文のみを残す段階になりました。そこで、シラキュースを後にして、シカゴに移りました。シカゴは、私の家内が移住当初から居住していた場所です。すなわち、渡米後最初の3年間は、私は大学院に通うためにシラキュース市に、家内はシカゴで働くために、シカゴに居住と、夫婦別居を余儀なくされていたのです。修士論文をシカゴの自宅で仕上げることにして、ようやくアメリカでの夫婦同居生活が2000年末よりスタートしたのです。
夫婦で一緒の生活を始められたのは喜ばしかったのですが、そこから私の苦しみが深くなっていきました。まず、修士論文の難航です。修士論文といってもハードルは高く、3人の教授陣からなる卒論審議会の承認をえて、研究をスタートさせ、最終的には審議会のOKがもらえないと卒論が完了しません。まず、研究テーマの選択の段階で、教授陣と意見が対立しました。毎月、シカゴからシラキュースに飛び、教授陣と会議を持ちますが、研究テーマの承認がおりません、一月たち、二月たち、三月たち、1年たち、承認がおりないのですから、研究そのものもスタートできませんでした。
当時の生活は、私にかなりのフラストレーションを与えました。学生でありながら、自分の学校はニューヨーク州にあり、自身はシカゴに住んでいるという状態です。シラキュースのキャンパスにでもいけば、顔見知りはいますが、シカゴでは知り合いがいません。日々、自宅の傍の地場の図書館で、何冊も本を読み、研究テーマの提案書をまとめる、それが毎日つづきます、誰か知り合いと声をかわずこともなく。
学生ですから、フルタイムの就職をするわけにもいきません。パートタイムの仕事でもしようかと、いくつか申し込みますが、簡単な日々2、3時間の仕事となると、「大学院生」の肩書きが、Over-qualification
(簡単な仕事の内容に対して、学業などのバックグランドが高すぎると判断され、仕事の申し込みが却下されること)と判断され、簡単な仕事はかえって、もらえませんでした。
収入もない、知り合いが近所にいない、日々、本とパソコンに囲まれて、空いた時間は、家内のために食事の準備をしたり、犬の散歩をする、それが自分の毎日となって、それが何年も続いて、私は気が狂いそうになりました。自分自身のための時間がない、知り合いと笑いあう時間がない、収入やステイタスがない、卒論は全く進展せず卒業の見込みが立たない、自分が所属している組織(学校)は、シカゴから800マイルも離れている、「何にも所属していない」「何も成し遂げていない」「意味のあることを自分はしていない」という感覚に襲われ、日々、頭痛や不眠に悩まされるようになりました。
そんな状況の中、2002年に、私にとどめが刺さります。実父が肺ガンで他界したのです。父の死後、不眠や頭痛が悪化し、社会生活ができなくなりました。実父の死が、なぜ私に壊滅的ダメージを与えたのかは、ここでは説明を割愛します。ご興味のある方は、私の自叙伝(英語のエッセー)をご参照ください。
2002年秋、冬は、私はどん底にいました。外にもでられなくなりました。しかし、父の死が転機になりました。そこから、代替医療にひかれ、霊性にひかれ、レイキとめぐりあい、自身の霊的成長に興味がかきたてられ、自分の魂が志向している方向性を自覚しました。2003年に、自分がやりたい研究をするのではなく、教授陣のいいなりで卒論をまとめて、大学院を卒業すると、まよわず、ヒーリングの世界に入り、今日にいたります。それ以降、私は日々幸せの中にあります。
自身が一旦は崩壊してしまったどん底から、日々幸せしか感じないような状態に移行しして、気づいた点がいくつかあります。それをここで紹介させてください。
(1)あなたの人生には、無駄に終わってしまう時間というのは1秒もない。どの瞬間においても、あなたは何かを得ている。
私の苦しかった2000年から2004年までの4年間を振り返るに、その4年間で読み漁った本が、今の私にとってとても役立っているのが分かります。当初、私は修士論文において、心理学と人類学の見地から、国際環境政策決定過程を分析するということをしようとしていました。もっと平易な言葉でいえば、「もし、国際社会において、地球温暖化などの地球規模の環境問題を解消する政策合意が出来ないのだとしたら、それはそもそも、人類の集合心理に何がしかの問題があるからではないか?」ということを研究しようとしていたのです。最終的には、教授陣から、私の興味は私が通っていた大学院の枠組みにはそぐわないという結論をつきつけられ、全く毛色の違う論文を書いて、卒業することになったわけですが。
ここで私が申し上げたいのは、こういうことことです。当時、私は自身の研究への情熱から、多種多様な心理学の本を読み漁りました。主に、ケンウィルバーの著書、そして大御所のフロイトとユングです。本の冊数でいえば、おそらくは、100冊以上は読み込んだと思います。4年間、学校に通うこよなく、読みたい本を読み漁ったのですから、ある意味、これは幸せなことでした。私は、大学で心理学を専攻した学生よりも、更に深く心理学の文献を読み込んできたという自負があります。心理学を専攻しても、学位をとるためには、心理学と直接関係ない科目(例:統計)をとったり、自分の興味にそぐわない研究をしなければいけません。心理学の学生は、多大な時間を、人間の心理以外の研究に使わなければいけないのです。それに比べると、自分は、この4年間に、自分の興味のおもむくままに、心理学の文献を読み漁ったのです。学位をとるためではなく、自分の興味を満たすために。
このとき得た知恵が、今、私がヒーラーとして提供しているカウンセリングのベースとなっています。当時、苦しみの中で得たものが、今の私の糧となっているのです。
当時は、苦しさだけを感じていました。いくら本を読みこんで、知見をえても、それが何も生み出していないように、当時は感じていたのです。何冊本を読んでも、修士論文は、ぜんぜん進展しませんでしたから。当時は、「いくら本を読んでも、俺はどこにも行き着かない」と無力感に襲われていました。
もし、あなたが今、当時の私と同じような無力感に襲われているのなら、このことを肝に銘じてください。自分の現状を、「今、現状がどのように見えるか」、だけで判断しないでください。当時の私の状況は、「どんなに本を読んでも、卒論を進展させられない、無能な学生」のように見えます。その「見かけ」を私は信じてしまって、私は自己嫌悪に陥ってしまったのです。どうか、あなたの現状・生活における形式(form)にとらわれないでください。当時、形式的には、私は確かに無能な学生だったかもしれません。しかし、形式の奥では、私は何かを学んでいたのです。何か大事なものを得ていたのです。正直、当時は、大事なものを得ているという感覚はありませんでしたが。それでも、重要な何かを得ていたのです。
あなたが、もし、今、袋小路にいるような感覚でいるのなら、この瞬間でさえ、あなたは何かを得ているのです。あなたが自己嫌悪に陥り、外にでかけたくなくなり、部屋にとじこもり、誰とも話しをしていない、そんな瞬間ですら、あなたは、何かを得ている、あなたは何かを学んでいるのです。あなたの人生の、瞬間、瞬間は、実は、長い目でみれば、無駄に終わってしまう瞬間というのは存在しないのです。あなたが苦しみの中にあっても、あなたは何かを得ている。そのことを忘れないでください。人生の中で、たとえ、テレビをみてぼーっと過ごしていたとしても、無駄な1秒というのは存在しません。
(2)あなたを苦しめているのは、実はあなたをとりまく状況そのものではなく、あなたの「思い込み」である。
私が苦しみの4年間の中にうずもれていたときに、私自身は、自己流のやり方でなんとかそこから脱出しようとしました。私がしたことは内省です。「なぜ、俺は、今、こんなに苦しいのだろう?」というような自問自答をしたのです。しかも、私は、その自問自答を徹底して、かなり深いレベルまで行ったのです。以下に、その自問自答の流れをまとめます。下であげたように記すと、自問自答がかなりスムーズになされており、一日の内に最終的な答えを得たような印象がありますが、実際には、何年もかけて得た結果が下記の問答です。
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自分の内面への問い(以下、「問」):「なぜ、俺は、今、こんなに苦しいのだろう?」
気づき(以下、「気」):「何も生産していないために、自分が無力であるような、自分の存在が無意味であるかのように感じられている。」
問:「では、なぜ、非生産的であることが、こんなにつらいのか?」
気:「非生産的であることの中心的性質は、収入を得ていないことである。つまり、俺は、収入を得ていないことがつらいのだ。」
問:「では、なぜ、収入を得ていないことがつらいのか?」
気:「私の中には、ただ、収入を得なければならない、という強い思いがある。<成人男性である以上、収入がなければいけない>という思いが強くある。」
問:「なぜ、成人男性であるためには、収入がなければいけないのか?」
気:「自分の収入でなければ、自由にお金が使えない。自由が無いのであれば、それは大人とはいえない。お小遣いをもらって、その範囲でしかお金が使えない子供のようだ」
問:「しかし、これまで、家内の収入から、彼女はかなり寛容に、俺にお金をつかわせてくれている。大学院での研究に、多額のお金をつかわせてくれている。彼女はこう言う、<わたしが稼いでいるのかもしれないが、お金は私たちの家に入れているのであって、一旦家庭に入れば、それは私のお金ではなく、家庭のお金、すなわち、私達のお金だ。言うまでも無く、無尽蔵に費やすことはできないが、あなたは、あなたの目的にお金を使ってくれていい。> そこまで言ってくれているのに、この状況を良しとしない自分がいる。なぜ、俺は、この状況が許せないのか?なぜ、家内の収入から、自分の夢に投資することに、気が引けるのか?」
気:「俺は、男だから。男たるもの、稼いで、家族を養わなければならない。」
問:「男が稼がなきゃ、という思いがあるのはなぜか?」
気:「俺は男で、俺が世帯主だ。俺がリーダーであるべきだ。リーダーたる俺に収入がないのだとしたら、俺はリーダーとは言えない。」
問:「なぜ、男が稼いで、家庭のリーダーにならなければいけないのか?その思いはどこから来ている?」
気:「俺が稼いでリーダーでないのなら、それは、家庭内で、俺の力が無いことを意味する。」
問:「なぜ、俺は家庭内で力を持たなければいけないのか?」
気:「俺が力を持っていないのであれば、俺は安全ではない。力が無いとうのは、自分の脆弱さを意味する。」
問:「家庭内で、俺がリーダーとして力を持っていないのなら、俺は本当に危険な状況にあるのか?俺がリーダーでないのなら、誰かが俺を殺しでもするのか?」
気:「・・・・・」
(注:この無言は、とても深い気づきを意味しています。ここまで自問自答を進めた結果、このレベルにたどりついて、深い癒しが自分に起きました)
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年数をかけて内省をして、自分のつらさの根源を求めたら、私は、「男たるもの、家庭のリーダーとして、自分が稼がなければならない」という価値観、義務感、プライドにたどり着きました。私にその思いを刷り込んだのは、両親であり、教師であり、私の周りの人全てであり、言葉を変えれば、私が日本という文化・社会を通じて成長をしたときに、ごく自然に、自分に染み込んでいったのものです。
そして、なぜ、自分がその「価値観」「プライド」に執着しているのかは、自分の内部の弱さに原因があることが分かりました。
当時、自分はある意味、リアリティ(自分の周りの現実世界)を、まるで自分がアフリカの草原に居るかのような、食うか食われるかのサヴァイヴァルの場としてとらえていたのです。私は無意識のうちに、力のある者が生き残り、力の無い者が死に絶えるというような、見方で世界を感じていたのです。確かに、この現実社会では、力=財力といえるかもしれません。私の世界観が、そんな感じで彩られていたのです。
そして、次のことを気づくにいたりました。私は、夫婦関係を、「家内:収入があり力がある、自分:収入がなく力がない」、という風に、金銭を基準としたパワーバランスで見ていたのです。つまり、喩えていえば、「家庭」という環境が、私にとっては、「食うか食われるか」アフリカのサヴァンナのように感じられていて、家内はサヴァンナに住むライオンのような存在で、自分はそのライオンに見つめられた獲物のような存在として感じられていたのです。これは、言うまでもなく、私の心が描いた幻想です。なぜ、私の心は、そんな荒んだ幻想を描き上げたのでしょうか?究極的には、原因を、私が幼少期に受けた虐待に求めることができます。父親から虐待を受けた結果として、自分の周りの世界が危険なものであるという前提が、自分の中で出来上がってしまったのです。自分は非力であり、世界は危険である、ゆえに生き残るためには、自分に力が無ければならないという思いがあったのです。
まとめれば、自分の中にある弱さ、それが、世界をサヴァイヴァルの場であるように、自分に感じさせ、自分に力(収入)を求めさせました。自分の中の力への渇望が、日本人的価値観:「男が世帯主として収入があるべき」に執着させることになったのです。それで、2000年から2004年までの4年間、収入が無いという状況が、とてもつらく感じられたのです。
ここまで記せば、もうお分かりいただけることでしょう。私の苦しみの本質は、「収入が無い」という状況そのものにあるのではなく、「収入が無いのであれば、俺は力が無い。力が無いのであれば、俺は安全ではない」という「思い込み」にあったのです。「思い込み」が、私を苦しめたのあり、「状況」そのものが私を苦しめたのではありません。
ここまで分かれば、私の気持ちを楽にするためには、その「思い込み」を解体すればいいのです。私は時間をかけて、幾つもの「思い込み」を解体しました。例えば、次のように、「思い込み」を解体していきました。下記において、左の「 」に思い込みを記し、右手に記したステイトメントで、その思い込みを解体しています。
「お金=力」:お金とは購買力のことである。それ以上でもそれ以下でもない。そこにパワーを見出すのは幻想だ。
「力=安全」:安全すなわち安心とは、人と人の間で温かい交流があるときに、感じられるものである。力で、その愛情に満ちた交流を築くこはできない。
「男:リーダー、女:フォロワー」:それが家庭の幸せを約束しない。
「お金を稼いでいる人が偉い。」:人の偉さとは、人の徳の深さで測られるのであって、財力が人の偉さ(その人を尊敬できるかどうか)を決定しない。
「日本人としての美徳」:私は日本人になりたいのではなくて、幸せになりたいのだ。日本人としての価値観を守り通したからといって、幸せになれるとは限らない。
そのような、「思い込み」の解体を通じて、私は最終的には苦しみから抜け出ることができました。もし、あなたが、今、袋小路に陥っているように感じて苦しんでいるのであれば、是非、私がしたような内省をしてみてください。あなたは、同じ結論にたどりつくはずです。あなたを苦しめているのは、状況や外部環境ではなく、あなたの「私は○○でなければならない」という「思い込み」であり、その「思い込み」の奥には、「○○でないのであれば、私は安全ではない。私の存在意義が無くなる」という恐怖があります。このことには、例外がありません。あなたの苦しみ全てにおいていえることです。
職場の人間関係であれ、金銭的問題であれ、恋愛の問題であれ、学業の問題であれ、あなたを苦しめているのは、あなたの「思い込み」です。ですから、あなたは、それを解体することで、あなたの気持ちは、楽に平和に穏やかになることができるのです。
(3)終わらない苦しみは無い。
この最後の点は、かなり究極的な言い回しですが、とても重要な洞察です。あなたが袋小路に陥っているという感じているとき、あなたは、終わりの無い、永遠に続く痛みを味わっているように感じます。まるで、出口の見えない迷路に迷い込んだような。
究極的には、人は誰しもが死にます。死と共に、あなたの苦しみは終わりを告げます。あなたの人生を超えて居座り続けるあなたの問題というのは存在しません。ですから、あなたが、底なし沼にはまり込んでいるかのような、終わりの無い苦しみを味わっていると感じているのであれば、それは、あなたの心の過剰反応であることを、是非ご理解ください。
確かに、あなたの問題や苦しみは、長期間続くものなのかもしれません。5年、10年、ことによると20年、30年と。しかし、繰り返しますが、終わらない苦しみは存在しません。
こう考えてください、出口が見えないときは、出口が存在しないことを意味しません。誰も助けてくれないと感じているときは、ヘルパーが存在していないということではありません。出口が見つかっていないだけで、出口は存在する。ヘルパーとまだめぐり合っていないだけで、ヘルパーは存在するのです。
以上、私が申し上げたことを咀嚼してくれれば、あなたは立ち直れる、現在の苦境を乗り越えていけるはずです。あなたの精神は、そうするだけの力を持っていることを、私は保証します。上で述べたことが、お役に立ちますように。
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